20代半ばの頃、児童心理治療施設で勤務していたことがあります。主に中学生のお子さんの生活場面で仕事をしていた時のエピソードです。
そこでは当時、少人数での自習時間があり、そのうちの1班を受け持っていました。班のメンバーには、不登校経験のあるお子さんが複数人いました。どのお子さんも、入所して数か月以上経っており、施設での生活に慣れてきた頃でした。自習時間ですが、私に軽口等を言うなど、比較的ゆったりとした雰囲気の中で、それぞれのペースで学習中心に過ごしていました。
ある日のことです。前半の学習時間が終了し、10分間の休憩があった後のことです。1人だけ、教室に戻ってこないお子さんがいました。「あれ、A君はどこにいるんだろう。」と私が言いますと、B君、C君、D子ちゃん達が、「まだ、居室にいるんだと思うよ」と教えてくれました。A君の居室に行ってみました。するとA君は自分の部屋で、ごろんと身体を横たえています。「後半の学習時間が始まったよ。」「えーっ、たいぎいよー。」「まあまあ、そう言わずに。一緒に戻ろう。」「えーっ」と、やりとりをしながら、一緒に教室に戻り、A君は自分の席に着きます。ひと段落し、室内を見回すと、今度はB君が姿を消しています。「さっきまで教室にいたけど、B君はどこだろう。」私の問いかけに、C君やD子ちゃんが、「たぶんB君の居室だよ。」と返事をします。私はB君の部屋に迎えに行きました。B君も「いいじゃん、別に部屋で寝とっても。」と、ニヤニヤしながら言います。私が「いやいや、一緒に勉強しようや。」と促すと、B君はゆっくり立ち上げり、私と一緒に教室に戻っていきました。私は、B君の着席を見届けつつも、教室からD子ちゃんの姿が見えなくなっていることに気づきました。「あれ!?」 他の3人の児童は、何も言わずに背中を小さく揺らして笑っています。「D子ちゃんも居室に行ったんかね、どうしたんかね。」と言いながら、私は女子の居室までD子ちゃんを迎えに行きます。迎えに行くとD子ちゃんは、口では「えー」と言いながらも、ニコニコ笑い、私が来るのを待っていた様子です。D子ちゃんと教室に戻ってきました。すると、今度も一人だけ教室から居なくなっていた子がいました。それは誰でしょう…!?皆さんには既にお分かりでしょう、C君です。
教室に戻る度に、私は「今度は○○君がいない」と言いながら、また迎えに立ち去っていきます。その様子を、他児たちは黙ったまま、しかし視線はしっかりと、こちらを捉えながら座って過ごしています。
後半の学習時間中、この繰り返しが延々と続きました。内心「いつになったら、このやりとりは終了するのだろう。」と思いながら、一人ずつ児童を居室へ迎えに行き、教室へ戻ることを続けました。(続く)